もしも、そのアイスが彼女の体の中の栄養を少しだけでも補給して、体温が一度でも下がり、家に帰る時間が五分でも遅れて、布団に入る時間が三十分ずれたなら、もしかしたら、こんなことにはならなかったのかも知れない。
このようなことが、何度も頭の中でグルグルと回り。部分的に増幅したり減衰したり、フラッシュバックしたり……総量は増えているようで変わりなく、ただ、拡散と凝縮を繰り返しているのかも知れない。
彼の名前は綿貫東丸[わたぬきひがしまる]。うどんスープで有名な会社と同じ名前のせいで『うどん』とあだ名で呼ばれたりするが、本人もうどんが好きなので、あまり気にしていない。『スープ』と呼ばれたことは今のところない。
「あ、今、パワーアップ。取らないの?」
「スピードは3がやりやすいし。」
ベランダからスルっと女の子が入ってくる。彼女の名前は春野雪乃[はるのゆきの]。わりと自己矛盾な名前な感じがするが、姓名というのはそういうものじゃあない。細田太さんだっているだろう。念のためググったけど、フェイスブックとかは出てこなかった。
雪乃は東丸の隣家に住んでいて、案の定というか幼馴染という間柄。家族ぐるみの付き合いってほどじゃあないけど、そこそこ仲が良い。しかし、ベランダをつたって部屋に入ってくるとは、ちょっとイキすぎな気がする。そのせいか、東丸もぎょっとしている。
「……えーと、君、死んだよね。」
「そのはずです。」
雪乃はベランダから入ってきたけど、ガラス戸は一度も開いていない。